∴ 安達太郎

ガソリンスタンドで仕事をしながら歌謡王をめざす管理人。その名は安達太郎。
ガソリンスタンドには日々様々な挑戦者が……
たたかう度に成長していく安達太郎は歌謡王になることができるのか！？


前回のあらすじ

安達太郎の前で突如陽気な黒人男性が歌い始める。勝負だと気付いた安達太郎は洋楽勝負には乗らずに歌謡曲を歌ったのだが……


世界は広い……
世界には強敵がいっぱいだ。
突如出現した外国人男性に世界の壁を見せつけられた安達太郎は世界への夢を抱きながら、日々歌い、そして仕事をしていた。

「いらっしゃいませ～！
レギュラーですか、ハイオクですか？」

「レギュラー満タンで！」

パジェロミニに乗ったお客さんがカードを差し出す。

いつも通りの光景だ。

手早くカードをセットし給油を開始すると、窓拭きの準備をする。

山形ナンバーのその車は融雪剤が付着してかなり汚れている。

説明しよう！
融雪剤とは塩化カルシウムという白い物質で、雪国では道路の凍結防止や解氷のために道路に散布される。
融雪剤の撒かれた道路を車で走ると、コレが車に着いて、車が真っ白に汚れてしまう。
そのままにしておくと、車がとても錆びやすいので注意が必要だ！


「洗車やってもらえっかい？」

ちょっと山形なまりのお客さん。

山形に住んでいたことのある安達太郎にはちょっと懐かしいイントネーションだ。

「お客さん。申し訳ありません。ウチでは洗車はやってないんで、向こうにセルフのコイン洗車がありますんで………」

………


………


！



ん！



この顔は！


大泉！

大泉洋！

いや違う。

大泉逸郎！

演歌歌手の大泉逸郎じゃないですか！

ガソリンスタンド勤務初の有名人遭遇！！
山形県出身で「孫」が200万枚を突破する大ヒットで紅白歌合戦にまで出場したあの大泉逸郎先生！


管理人は直ちに歌手安達太郎としての自分を自覚し、これは大泉逸郎との勝負であることを悟った。

大泉逸郎と言えばやはり「孫」が有名だ。
しかし、「孫」は安達太郎のレパートリーじゃない……
紅白出場歌手という大御所を前に最大のピンチだ……
どうする安達太郎！？

何と安達太郎は前川清の新曲「せめて今夜だけは」を歌い始めた。
紅白出場歌手には紅白出場歌手の歌で対抗しようというのか？
しかし、安達太郎の声は大御所を前にしていつになく小さい。
給油口の前で、給油をしながら確かに歌っているのだが、萎縮してしまっているのか、とても声が小さいのだ。
こんなことで大御所に勝てるのだろうか？

大泉逸郎は全く動じない。
さすが大御所だ！
こんなトコで気安く歌うなどということはないのだろう
これが格の違いなのか！
前川清を口ずさんでいる安達太郎がむしろイタい。
なすすべもなく、全く歌うこともない大泉先生を前に完全敗北を喫っしてしまうのか……

ここで突如、安達太郎が運転席に近づいて行く！
ドアを開ける安達。

「お客さん、すみません。燃料タンクの水抜剤がしばらく入っていないようですよ。ご一緒にいかがですか？」

いきなり水抜剤のセールスを開始するではないか！

一瞬の沈黙が辺りを支配する。
後ろには店長の視線を感じる。

………

「あっ、そう。じゃ入れといて」

何と安達太郎のセールストークが大御所の心を動かした！
いや、それとも安達の歌がボディーブローのように着実に大御所の心を捕らえていたのかもしれない……
真相はわからないが、とにかく安達は大御所の心を捉えたのだ！

安達は静かに水抜剤を入れた。

その後、大御所、大泉先生は自らコイン洗車を始めた。

安達太郎は確かに大御所の心を動かしたが、その存在感に圧倒されていた。
大御所が洗車をしている間も安達太郎は歌い続けていたが、相変わらずその声は小さいままだった。

「俺はいつか世界一の歌謡王になる！」

安達太郎は改めて決意するのであった。